- 2024/11/24
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このサイトは一次創作の短編・連載小説を主に置いています。宜しければご覧下さいませ。
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公園で、絵を描き続けている老人がいた。彼は飽きることなくいつも同じ絵を描いていた。何枚も、何枚も、来る日も来る日も書き続けた。しかし、よく見れば少しずつ絵は変化していた。初めは美しい野原だった絵は、黄昏を迎え、やがて荒野となった。それはごく微量の変化だったが、何十年という年月を重ね野原を荒野へと変化させた。老人は黙々と筆を走らせた。彼には知人が居ない。だから描き続けるしかないのだ。
ある日、一人の少年が老人の絵を盗んだ。一枚ではない。老人が何十年も描き続けた絵を全て盗んだのだ。少年はお金欲しさに其れをどうにかして売ろうと考えた。しかし、名声のない老人の絵が売れるはずがない。少年は知恵を絞った。どうにかして売ることができないだろうか。
少年は膨大な絵を紐で閉じ、一冊の絵本にした。野原が荒野になる、ストーリー性のないただの画集だったが、少年はそれをとある少女に売ることが出来た。
少女は小柄なかわいらしい少女だったのだが、絵本を見るなり気に入って、大きなお財布から札束を少年に渡し、その絵本を持って帰った。少女の家は町の郊外にあるお屋敷で、「炭鉱長者」の所有物だった。
おかえり、おや、その本はどうしたんだい。
お父様、ただいま帰りました。路上で少年が素敵な絵本を売っていたので買ってきたのです。どうでしょう、お父様もきっとお気に召されると思うのですが。
少女が父親にその絵本を見せると、父親は繭を顰めると絵本を閉じ、少女から絵本を取り上げた。少女が不思議そうな顔をすると父親は言った。
この絵本はどこで買ったんだ。いい子だから、お父さんに教えなさい。
父親は少年へとたどり着き、やがて老人へと辿り着いた。しかし、父親が老人へ辿り着いた頃、老人は既にそこには居なかった。
公園には真っ黒に塗りつぶされたキャンバスがぽつんと残っていた。 関係のない話をしようか。例えば私が一冊の本を買ったとする。その本はなんの変哲もない本で、何処ででも買えるただの本。そんな本でも、私にとってはとても大事な本であったとする。なに、理由などないさ。ただ、なんとなく大事な本だとする。そうしたら、その本は本当にどこにでもあるような本なのだろうか。
例えば、私が一枚のハンカチを持っていたとする。それはとても高価なハンカチで、世界に一枚しかない貴重なハンカチだ。しかし、もし私がそのことを知らなかったらどうだろう。私にとってそのハンカチは、そこらのありふれたハンカチとなんの変わりもないのではないだろうか。
何が言いたいのか?要するにモノの価値というのは、見る側の考えによって幾らでも変わるということさ。持っている、見ているものが価値がないと思えば価値などなくなるし、とても価値があると思えば価値がある。極端な話、この世界だって私は価値のないものにすることが出来るんだ。あくまでも、私にとって、だがね。
ところで、君は君に価値が無いと言ったね。それはどういう意味かね?君は本当に自分に価値がないと思っているのか。それで私のところまでわざわざ尋ねて来たのかね。
仮に君が本当に価値のない人間だとする。では、君はそこらで死体をあさっている烏よりも価値がないのかね。いや、もしかするとそうかもしれない。君がそう思ってしまえばね。しかし、君がもしありとあらゆる富よりも自分は価値があると思えば、そうなるのさ。あくまでも君にとっては、だが。訳のわからぬ理屈だと思うだろうが、それが真理なのだ。
そもそも、君にとっての価値とは何かね。人に評価されることか、それとも地位や名誉か。君にとっての価値が何なのか。それは私には諮りかねる。しかしながら、世間で言う人の価値とは、その人間の性格の資質、社会での貢献度など多岐にわたると私は思う。だから君が仮に価値がないとしても、もしかすると社会的資質においては価値があるかもしれない。君にとって価値はなくても、他の誰かにとっては価値があるかもしれない。おわかりかな?
そこでなんだが、君は非常に私にとって価値のある人間だ。私の作品にはどうしても君が必要なんだが、協力してくはしないだろうか。もう君が君の価値を見出せないのならば、この世界に居ないのも同然だろう。それならば、私が一番君を有効に使うことが出来ると思うのだが、どうだろうか。無理にとは言わないよ。これはあくまでも、私の考えだからね。
小川が流れる小さな野原に横たわり、空を流れてゆく雲をいつまでも眺めていた。空は同じ表情を浮かべない。見る度に違う表情を僕に向けてくれた。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。時間がいくら流れても、この場所だけは僕を僕のままに留めてくれる。ああ、そうだ。此処が僕の・・
ふと目を覚ますと、オレンジ色に染まった空が目に入る。寝てしまったのか。おもむろに腕時計を見ると、既に夕方の五時を回っていた。重い体を起こして大きく伸びをする。川辺に吹く心地よい風が僕に秋の訪れを告げた。
今は秋なのか。
ぼんやりと頭の中に残るあの野原の景色が一瞬僕の目の前に現れる。しかし其れは夢なのだ。現実には存在するはずがない。
眠る前までは当たり前のように秋を感じていたはずなのに、まるで「秋」という存在を忘れてしまったかのような妙な錯覚を覚えた。
おかしな感覚だ。僕はまだ、夢を見ているのかもしれない。本当はあの野原に寝転んで、まだ雲を見ているのだ。
おそらくこれも錯覚なのだろう。僕は再び河原に寝転んで目を閉じる。夢を見ているのなら、もう覚めても良い頃だ。さあ、行こう。
しかしいくら時間が経っても僕があの野原に戻ることはなかった。それどころか、あの野原がどういう場所だったのか・・だんだんと思い出せなくなってくる。確かにそこに僕は居たのに、野原は僕の頭の中で目まぐるしく変化し、ついには元の形もわからない荒野へと姿を変えてしまった。
僕は荒野に一人きりで立っていた。暗く、星も月も見えない空に抱かれてただ一人、何をするわけでもなく荒野に立ち尽くす僕。あの野原は、もうどこにもない。僕は悲しくなってその場にしゃがみこんだ。
気がつくと、僕は河原の下に寝転がっていた。知らぬ間に転がり落ちたのか、それとも誰かに落とされたのか・・。体中に打ちのめされたような痛みを感じる。空を見上げると、明るい月が僕を照らしていた。
ああ、良かった。僕は一人じゃなかった。
僕は河原に座っていた。静かに流れる川の音と、秋を告げる虫の声、そして明るいつきの光。これも夢なのではないだろうか。現実なわけがない。こんなに美しい景色が、現実なわけが・・・
ふと川を見ると、真っ白な月が煌々と照っていた。それは空に浮かんでいるそれよりも美しく、神々しかった。
美しい月だ。こんなに美しい月があるのだから、あの下には野原があるのかもしれない。僕の中から消えてしまったあの美しい野原が・・
僕は吸い込まれるように川の中へと入っていった。体中の痛みも、刺すような水の冷たさも、本当は濁っていた重い水の流れも感じない。そこにはきっと、僕の野原があるに違いない。
月に手を伸ばす。どろ、どろ、とそれは形を崩して僕の体にまとわりついた。視界が遮られ、ごぼ、ごぼ、という音共に何も聞こえなくなった。体が強い力で何かに引っ張られる。
何故そんなに引っ張るんだ。そんなに美しい世界があるのか。僕を連れて行ってくれるのか、あの野原へ。
それとも・・・