- 2024/11/24
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「火守稲荷神社」が治める「火守」という地域には、「ひのがみ」という鍛冶屋があった。火守が出来た当時、火守は「ひのがみ」が治めていた集落だったが、それぞれの地域を「稲荷神社」によって治めるという決まりが出来た時に、元々「ひのがみ」が個人的に祀っていた「火守」の神を遷して「火守稲荷神社」とした。その際「火守稲荷」は「ひのがみ」をこの地に永住させる事を条件に、「ひのがみ」を出て「火守」の地を守る事を「御堂稲荷神社」と約束したのである。御堂稲荷神社は火守稲荷神社に「関」の管理を任せ、「火守稲荷神社」は「火守」と「関」の二つを守る事となったのである。「火守」の地名はこの「火守稲荷神社」からきた。
*
さて、「ひのがみ」には火守の神を守るために作った「火守の刀」と呼ばれる名刀があった。それは店の中庭に祀られた祠にいる神を守るために作られたものであった。火守の神を手放してからしばらくは屋敷の祠に神はいなかったが、ある日再びそこに「火守の神」を祀る事になったのである。
町が出来て二百年が経とうとした時、当時の当主であった武衛という男が一人の少女を抱いて帰ってきた。屋敷の者は大変驚いた。なにせ、その少女は傷だらけで今にも息絶えそうな状態だったのである。武衛が言うには少女は狐で、町を出た場所にある狐峠という場所で猟師に撃たれて倒れていたところを助けたという。綺麗な毛並みをしていたので猟師は手放すのを嫌がったが、金を握らせて無理やり連れて帰ったらしい。この町に入った途端、狐は少女に姿を変えたそうだ。可哀想だが、おそらく助からないだろうと誰もが思う程、少女は深い傷を負っていた。
屋敷の者が止めるのも聞かずに、武衛は少女を抱いて屋敷を飛び出した。そして彼が向かったのは、かつて「ひのがみ」が祀っていた火守稲荷神社だったのである。火守稲荷の眷属は少女を見て「助かるまい」と思ったが、「ひのがみ」の主である武衛を帰す訳にも行かずに火守稲荷のいる本殿へ通した。
火守稲荷は武衛が駆け込んできたと聞いて「ただ事ではない」と思っていたが、彼が少女を抱いて駆け込んできたのは流石に想定外だった。少女は既に息を引き取る間際で、武衛の腕の中でぐったりとしていた。火守稲荷は少女の美しさに心を動かし、「ひのがみ」との縁もあって、少女を「嫁」にする代わりに少女を助けるという約束をした。火守稲荷は自分の魂を少女に「分け」て、少女の命を救った。
少女は体が回復するまで「ひのがみ」で養生していた。右目を失ってしまったが、それ以外は跡が残ることも無く綺麗に治った。火守稲荷は自らの魂を分けた少女を「ひのがみ」に祀る事を提案し、「ひのがみ」の祠は火を取り戻した。少女は「桐」と名乗り、「ひのがみ」は「神」として大切にした。
*
「桐」は元々、遠くの山の狐だった。生まれつき美しい毛並みを持っていたために母は「人間に狙われるのではないか」と心配していたが、母が生きている間は何事も起きず、のびのびと暮らすことが出来たのだった。母が死んだのはちょうど一週間前の事だった。人間が仕掛けた罠に嵌って身動きが出来なくなってしまったのだ。桐は一生懸命助けようとしたが、彼女は非力だった。結局猟犬に追われるまでその場を離れることが出来ず、ただ母が弱っていくのを見ていることしか出来なかったのである。猟犬と猟師は母を狩って尚、貪欲に桐を追ってきた。桐の毛並みはそれだけ人を惹きつける上物だったのだ。草陰に身を隠しながら必死に逃げたが、一週間経った頃、ついに銃に撃たれて倒れた。飲まず食わずで逃げ続け、もう前に進むことも出来なかったのである。
そんな時に現れたのが武衛である。彼は桐を「売ろう」とは考えなかった。自分を抱え、命を救ってくれた。人間にも良い奴と悪い奴がいるのだ。桐は思った。まさか自分が神の嫁として拝まれているなど、夢にも思わなかった。ただ自分は安全なところにいるのだという安堵と、武衛たちの優しさに喜んでいた。
*
火守稲荷は桐を大層可愛がって、良く自分の社に呼んでは一緒にお茶を飲んでいた。火守は滅多に事件の起こらない平和な地域で、関の管理は眷族に任せていたので暇だったのだ。桐は火守稲荷を「仲の良い兄」のように慕っていた。まさか自分が魂分けした器になっているなど夢にも思わずに、火守稲荷と一緒にお茶を飲む時間を楽しみにしていた。「ひのがみ」は桐を使って再び火守での権力を持ち始めていた。桐は「ひのがみ」の火を守り、そして力を守った。
そんなある日、いつもは桐と「一緒に」火守稲荷神社に行くはずの使いの物が病に倒れた。桐は火守稲荷神社に行きたいとせがんだが、あいにく人が出払っていて供をするものがいない。「一人で行こう」と桐は決めた。いつも通っている道だ。きっと一人で行ける、と。桐は火守稲荷神社に行く時以外は屋敷から出たことがない。土地勘は皆無だった。
案の定桐は道に迷った。神社と屋敷はそれほど離れていないのだが、桐にとってはまるで迷宮に迷い込んでしまったような感覚だった。周りの店が全て同じ店に見える。ぎゅっと裾をにぎってうつむく。周りには人間ばかりで、彼らに話しかける勇気はない。路地をうろうろしていると、「おい」と声をかけられた。
「見ない顔だな。迷子かい」
知らない男だった。童顔で若者のように見える。髭を生やし、髪の毛は後ろで束ねているのに、ほとんどが結んだ脇からだらしなく垂れている。緩くきた着物は擦れていて、長く着ている物であるという事がわかる。急に知らない男に話かけられた事が怖くて、走って逃げようとすると手を掴まれた。
「おいおい、逃げるなよ。怪しいものじゃないから安心しな」
男はにやりと笑う。桐には怪しい人にしか見えなかった。手を振り払って、大声で助けを呼ぼうか。しかし足がすくんで声すら出せそうにない。
「俺は六。御堂稲荷の目の前で薬屋をやっている。今日は火守の稲荷さんに用事があってきたんだ。だから怪しい者じゃないってば」
火守の稲荷……。まさに桐が行きたかった場所だ。桐は少しだけ安堵した。
「私は桐。『ひのがみ』にお世話になっている者……です。私も火守稲荷神社に行きたくて……。でも、道が分からなくて迷ってしまって……。」
気持ちを落ち着かせてゆっくりと言葉を吐き出す。心臓がばくばくと音を立てて鳴っているのがわかる。
「なんだ、やっぱり迷子だったのか。じゃあ一緒にいこう」
六は桐の手を引いて歩き出す。もしもこの人が悪い人だったら、このまま連れて行かれた先で捌かれて襟巻きにされちゃうのかな。桐は少し怖い想像をして身震いした。しかし、なんだか男は悪い人には思えなかった。桐が狐だと、この男は知らない。人の子を捌いて襟巻きにする人間などいないだろうと桐は思った。