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七草文庫

Home > ブログ > 2014年07月31日の記事

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作家

 売れない作家が居た。彼は一人だった。家族も、友人も、恋人も居ない。薄暗いアパートの一室で毎日筆を動かしていた。

 ある日を境に彼の本が売れるようになった。

 

 とても心を動かされる作品だ!彼の書く文章は素晴らしい!百年に一人の逸材だ!是非わが社から出版を!是非映画化を!是非、是非・・・

 

 彼は喜んだ。自分の才能がついに認められた、と。しかし幸せはそう簡単には掴めなかった。多くの取材が彼に詰め寄り、連載の話も何十社という出版社から持ちかけられた。映画の脚本、ラジオ出演、CMのキャッチコピー・・・彼は次第に精神を蝕まれていった。

 

 そんな時だった。彼女とであったのは。

 

 夜、彼女はいつも迎えにきてくれた。美しい月の夜。彼は彼女と夜の野原を散歩した。彼女は笑う。

 

 疲れているのね。無理をしないで。私がそばにいるから大丈夫。あなたはもう、がんばらなくていいの。

 

 彼は頷いた。

 

 もうがんばるのはやめよう。君が居てくれるなら僕はそれでいい。此処でずっと待っている。君には夜にしか会えないから。この野原で君をずっと・・・

 

 病院の一室で、作家は一人眠っていた。もう目を覚まさないかもしれない、と医者は言った。病気であるわけでもない。彼は急に目を覚まさなくなった。

 

 誰も居ない病室。看護婦が慌てて彼の姿を探す。しかし彼は何処にもいなかった。心地よい風が、秋の訪れを告げた。

                       終

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終電

売れない作家が居た。彼は一人だった。家族も、友人も、恋人も居ない。薄暗いアパートの一室で毎日筆を動かしていた。

 ある日を境に彼の本が売れるようになった。

 

 とても心を動かされる作品だ!彼の書く文章は素晴らしい!百年に一人の逸材だ!是非わが社から出版を!是非映画化を!是非、是非・・・

 

 彼は喜んだ。自分の才能がついに認められた、と。しかし幸せはそう簡単には掴めなかった。多くの取材が彼に詰め寄り、連載の話も何十社という出版社から持ちかけられた。映画の脚本、ラジオ出演、CMのキャッチコピー・・・彼は次第に精神を蝕まれていった。

 

 そんな時だった。彼女とであったのは。

 

 夜、彼女はいつも迎えにきてくれた。美しい月の夜。彼は彼女と夜の野原を散歩した。彼女は笑う。

 

 疲れているのね。無理をしないで。私がそばにいるから大丈夫。あなたはもう、がんばらなくていいの。

 

 彼は頷いた。

 

 もうがんばるのはやめよう。君が居てくれるなら僕はそれでいい。此処でずっと待っている。君には夜にしか会えないから。この野原で君をずっと・・・

 

 病院の一室で、作家は一人眠っていた。もう目を覚まさないかもしれない、と医者は言った。病気であるわけでもない。彼は急に目を覚まさなくなった。

 

 誰も居ない病室。看護婦が慌てて彼の姿を探す。しかし彼は何処にもいなかった。心地よい風が、秋の訪れを告げた。

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終電

この電車は最終電車。だから僕は片道切符を買った。もうこの電車のあとには電車は無い。帰る電車もない。だから僕は片道切符を買った。荷物はコインロッカーに入れて、片道切符とロッカーの鍵を握り締めてホームに入る。

 外は真っ暗。ここは田舎だから。駅の周りには何もない。街灯も、店も、家に帰る人も。駅のホームには僕ひとり。駅の明かりだけが真っ暗な田んぼだらけの場所にぽっかりと浮かんでいる。駅員さんも居ない。電車を待つ人もいない。

 

電車はまだ来ない。僕はホームのベンチに腰を掛ける。吐く息が白い。しーんと静まり返ったホーム。まだ冬だから、冷たい空気が僕の隣に座っている。手をこすり合わせて少しでも暖かくしようとすると、ギターを弾きすぎて固くなった指の皮が剥けていて痛い。ギターは置いてきた。後悔はしていない。

この電車は最終電車。だから僕はそれを待つ。もうこの電車以外に乗る電車はない。これに乗って僕は遠い、遠い場所へ行く。最終電車は何処までも行く。最終だからね。僕はそう呟いて、一人で笑った。

 

しばらくすると、ホームに電車が入ってきた。旧式の昔ながらの電車。もちろん乗客はゼロ。僕はベンチを離れて電車に乗った。車内は暖房が効いていて暖かい。思わずほっとして、誰も居ない椅子に腰を掛ける。僕の貸切だ。さあ、何処まで行こう。

この電車は最終電車。だから帰りの切符は買っていない。

 

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