- 2024/11/24
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このサイトは一次創作の短編・連載小説を主に置いています。宜しければご覧下さいませ。
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男は暗闇の中を歩いていました。細くて頼りない炎が灯るランタンを一つ携えて。この森は深くて冷たい。そびえる木々は行く先を塞ぎ、動物達は息を潜めて男を見つめています。男が吐く息は白い煙となり男の肌を撫でるのでした。
口を閉ざした森の中にはぱき、ぱき、という枝を踏みしめる音だけが響きます。その音が余計に不安を煽ります。不安に押しつぶされそうな心を諫めるように男は何も言わずに歩き続けました。時々何かを思うように足を止めますが、また歩き出します。その繰り返しでした。そんな男を見つめるように、森は黙ったままだったのです。
『私』はそれをずっと男のすぐ後ろで見ていました。男は『私』の存在に気付くことは無く、ただどこまでも続く森の中を彷徨っています。出口などこの森には存在しないのですがね。『私』は男の後をずっとついていきました。男が歩みを止めれば『私』も歩を止め、歩き出せば『私』も歩き出します。言葉を発することも、足音を響かせることもなく、まるで影のように男の後を進みました。
『私』は男が泉で水を飲もうとすれば池を氷で覆い、男が切り株に腰を掛けようとすれば毒蛇をそこに侍らせ、木の実で飢えをしのごうとすれば小鳥を呼び寄せそれを啄ばませました。茨を道に茂らせて荷物に穴を開け、霰を降らせて上着を駄目にしました。男が横になろうとすればどこからか狼の遠吠えを響かせ、弱音を吐こうとすれば家族の声の幻聴を聴かせました。すると、男は見るからに疲弊し、道を歩む足取りもおぼつかないようになったのです。『私』が男を森に呼び寄せてから一週間が経った頃でした。
男は長い時間水も食料もろくに得ることが出来なかったせいか、時々道の真ん中に佇んだままぼーっとするようになっていました。『私』はその後ろに立って男を見つめていたのです。男に『私』は見えていません。『私』はただ、男を見つめていました。ついに男は道の真ん中にしゃがみこんで俯いてしまいました。肉体的に限界のようでした。
『慈愛に満ちていて慈悲深い心を持った私』はそんな哀れな男に救いの手を差し伸べることにしました。なんと『慈悲深い』のでしょう。そうと決まれば男に青い鳥に運ばせた「招待状」を渡し、『私』は男の先回りをして「お茶会」の準備をしなければなりません。冷たく澄んだ泉の畔に金糸で彩られた真っ赤なカーペットを敷いて、真っ白な大理石で出来たテーブルと椅子を並べ、温かい紅茶と頬が落ちそうになるほど甘いドーナッツを用意して疲れ切った可哀想な男をもてなすのです。小鳥に導かれてやってきた男は空腹に耐えられずドーナッツを手に取り口にするでしょうね。
『私』はそれを椅子に座ってじっと眺めているだけでいいのです。男が甘いドーナッツと温かい紅茶を夢中になって貪っている間、男の正面の椅子に腰を掛けて微笑んでいるだけでいいのです。男は紅茶で喉を潤しドーナッツで腹を満たすと、そこに跪いて手を組みこう言うでしょうね。
「こんな場所にこんな物があるなんて…。これはきっと『神様』の仕業に違いない!私を邪な魔物から守ってくれた『神様』…、嗚呼、私めの命を救ってくださり有難うございます!」
そして森が再び光と賑やかさを取り戻し村への扉を開くと、男は村に走って帰り『森を閉ざし人を惑わせる魔物』と『魔物から人を守り救う神』の『奇跡の話』を興奮気味に村人に話すのです。その話を聞いた人々は『魔物』を恐れ、今までの所業を悔い、『愚かな人間をも救った神』を崇めるでしょうね。『魔物』を恐れた人々は祭壇を作り、森を神域として崇め、『私』は再び静かな日々を取り戻すのです。
めでたし、めでたし。